またプロに出会いました

小さな料理屋さんに行きました。カウンター向こうの板前さん、僕らが席に着いた時からずーっと料理を作り続けています。

人気メニューは注文のたびに何度も同じものを作っていて、見ている僕らまで作り方を覚えてしまいそうです。

2時間くらいは経ったでしょうか。”よく飽きませんね”なんてつまらない話しかけをしてしまいました。そしたら板前さん、いろいろと話してくれました。


中学1年生の時に調理の魅力に取りつかれました。実家のお店の手伝いをしながら小遣いを稼ぎ、それを手に握りしめて夜な夜な料理屋に通いました。そこで出してくれる食べ物(といっても中学生の小遣いですから、わずかなもんでしょう。アルコールも禁!)を、作り方を想像しながらじっくり味わい、調理している料理人の姿をじっと観察する。そんな子供時代を過ごしました。

高校をでてお店に丁稚。深夜に家に帰り早朝に出勤する。20時間近く働く日もしょっちゅうありました。家にはとりあえずシャワーを浴びに帰るだけです。
先輩たちは調理のことを教えてくれません。雑用をしながら視線はいつも先輩たちの手元に。素材をどう扱うのか、どのタイミングでどれくらいどんな調味料を使うのか、盗み見をして覚えていきました。
どうしてもわからないときは、先輩を飲みに誘って(もちろん先輩の分も自分持ちです)、口を割らせます。飲みに行く時だけは先輩が同僚になってくれます。

そんな修行を10年以上やってようやく板前に立たせてもらった。それが目の前の板前さんの人生でした。


「好きだからやっている」と彼は言いました。


今の感覚からするときっと前近代的なんでしょうね。確かに理不尽だし無駄も多いかもしれません。でもそこから世界に通じる日本料理の繊細さが生まれてくるのかも、なんて思いました。


マニュアルなんてありません。教えてくれるなんてありません。
自分で学び取り、自分で工夫し、自分の体のものにする。
プロってこんな人かもしれません。